日本伝統工芸展は、文化財保護法の趣旨に沿って、日本の優れた伝統工芸の保護・育成と発展を目的に開催されている国内最大規模の工芸の公募展です。
陶芸、染織、漆芸、金工、木竹工、人形、諸工芸の7分野からなり、全国の作り手が出品した新作のうち厳正な審査を経た作品のみが展示されます。
第1回が開催されたのは1954(昭和29)年。当初は無形文化財として選定されていた工芸技術を紹介するための展覧会として始まり、その後、第7回から全国公募展として催されています。2026年で第73回展となります。
毎年9月、日本橋三越本店の7階ではある展覧会が始まります。「日本伝統工芸展」です。会場は、普段は物産展などの催されている催事場。入場無料なので、お買い物の途中にふらりと立ち寄ることもできます。
ただ、実際に会場へ入ってみると少し戸惑うかもしれません。作品には「彩嵌線文鉢」や「乾漆蒟醤箱」といった、漢詩のような、呪文のような(?)名前がついています。美術館の企画展のように一つのテーマや物語に沿って順路をたどるわけでもありません。さまざまな作品が、部門ごとにずらりと並んでいます。かくいう私も、最初に訪れたときは「すごい……」と圧倒されるばかりでした。
そこで今回は、初めて日本伝統工芸展へお越しの方へ、少しだけ「展示の見え方が変わる」ヒントをお伝えしたいと思います。
日本伝統工芸展は、いわば「技と美」の年鑑
「美しい作品が並んでいる展覧会」として鑑賞するだけでは、面白さをまだ半分ほどしか味わえていないかもしれません。
日本伝統工芸展は、「受け継いできた工芸技術を錬磨しながら、現代の生活に即した新しい表現を生み出し、成果としての作品を発表する」公募展です。すなわち、
「私はこの技を、いま、ここまで磨き上げています」と、作り手一人ひとりが作品で示す展覧会
として鑑賞することをお勧めします。作品はもちろん「表現」ですが、その表現を成立させているのは、長い時間をかけて磨かれてきた材料への理解と、技術です。
<Point>「何を表現しているか」だけではなく、「何を使ってどのように作ったのか」までを鑑賞する。
始まりは文化財保護法
日本伝統工芸展の背景をたどると、戦後の文化財保護政策に辿り着きます。
「文化財」という言葉から、建築物や仏像、絵画などの「もの」を思い浮かべる方も多いでしょうが、1950年に施行された文化財保護法では、ものだけではなく芸能や工芸技術といった「無形」の文化財も保護の対象となりました。
考えてみれば当然ですが、どれほど素晴らしいものが保存されていても、その技術を再現できる技術をもった人がいなくなったら元も子もないということです。
<作品のみならず「作ることができる状態そのもの」を守り、継承する。>
工芸における文化財保護には、こうした考え方があります。
第1回 日本伝統工芸展は、1954年に開催されました。第1回展は当時選定されていた無形文化財の工芸技術を広く紹介するための総合展として開かれたそうで、第7回から現在のような全国公募展の形式となっています。現在は、全国の作家が毎年新作を出品し、非常に公正な鑑査・審査(毎年審査員が入れ替わるそうです)を経て選ばれた作品が展示されています。
およそ70年にわたり、その年の工芸技術と表現の到達点が積み重ねられてきたと考えると、日本伝統工芸展とは、いわば「その年の日本工芸の年鑑」のようにも見えてきます。
呪文のような作品名には、何が書いてある?
乾漆蒟醤箱
多くの場合、作品名には
という情報が含まれています。すなわち、作品名はある意味、作品の「仕様書」ともいえるでしょう。その後ろに作品固有の題名がつくこともあります。読めるようになると、これがとても面白いのです。
※乾漆蒟醤箱 「乾漆(かんしつ)」(型を作りそれに漆で麻布を一定の厚みになるまで貼り重ね、型から外して素地とする技法)に、「蒟醤(きんま)」という加飾技法で仕上げられた「箱」という意味になります。
まず知っておきたい、7つの工芸分野
日本伝統工芸展は、大きく7分野で構成されています。全部を一度に理解する必要はありません。まずは、会場の見取り図を頭のなかにつくるつもりで見てみましょう。
染織
糸を「染」める、布を「織」るから一文字ずつで「染織(せんしょく)」。着物や反物を中心に、染めや織りの技術で表現する分野です。
反物を着物のように仕立てて展示されていたり、江戸小紋、友禅染、小倉織などの様々な布地サンプルに触れられる展示があったりと、イメージが膨らむ楽しいコーナーです。
金工
金属を鋳る、打つ、彫るなどの様々な技法で表現を行う分野です。
美術館と異なり、基本的にガラスケースなしで、至近距離でじっくり鑑賞できるのが嬉しいところ。色や表面の質感含め、「この作品は、本当に金属の姿をしていたのだろうか」という驚きの多い分野です。
人形
現在では節句人形を思い浮かべることが多いかもしれませんが、ここでは木彫、桐塑、張抜、陶胎などのさまざまな素材と技法による作品を見ることができます。
「人の姿に似せてつくる」という点では、7部門のなかでも特に「モチーフ」を感じ取りやすい分野かもしれません。また、エヴァンゲリオンなどのキャラクターとコラボレーションした作家の作品展示があることも。
初めてなら、2つの分野だけ選んで鑑賞してみましょう
ここでは私なりの、日本伝統工芸展の歩き方をご提案します。
初めて行くなら、7分野すべてをきちんと見ようとしないこと。約550点ほどの作品が展示されていますので、最初から最後まで一つひとつ丁寧に見ようとすると、かなりの確度で力尽きます。
例えば、下記の2つだけ選んでみてください。
<その1>
ある程度なじみのある分野
テーブルウェアが好きなら陶芸。着物が好きなら染織。切子、七宝が好きなら、書道を嗜むなら、諸工芸。など、ご自身が生活のなかですでに触れている素材については、専門知識がなくても「ずいぶん変わった形」「こんな模様は見たことない」など、五感や身体で感じる部分がたくさんあることでしょう。
<その2>
まったく縁のない分野
こちらは事前に知識を得ていなくても構いません。「日本工芸は、こんなことまでできるのか」という驚きを五感で楽しむ場所にしてみてください。
残りの5分野は、最初は素通りしても構いません。気になったらまた来ればいいのです。展覧会のいちばん贅沢な使い方は「また来ればいい」だと、私は思っています。
<よくあるQ&A>
Q.本館1階で似た展示があるのですが?
A.中央ホール天女像の前、特別展「第2回 日本の伝統文化を未来に-伝統工芸作家が制作する作品とは-」ですね。今回は、作家が在廊し直接お話できる「工芸作家との対話の場」スペースが設置されていますので、リンクをご覧ください。また、ARTerraceでは会場に映像提供をしておりますので、こちらもぜひお立ち寄りください。
Q.作品は購入できますか?
A.はい。売約済み・非売品でない限りは購入可能です。どこに値段が書いてあるかは、会場で探してみてください。
<おまけ:宿題>
会場で、「なぜこの作品が選出されているのだろう?」と思う作品を1点探してみてください。「私は隣の作品のほうが好きだけれど、なぜこちらが受賞したのだろう」でもいいのです。手がかりの一つは、技法のなかにあります。
<第73回 日本伝統工芸展 開催概要>
※会期中には、作家による列品解説も予定されています。
※ 巡回会場、開館時間等の詳細については、日本工芸会および各会場の公式情報をご確認ください。
