1月特集
〜金を味わう伝統工芸品〜
日本のお正月や迎春における代表的な色彩には「金」色が挙げられます。金色は、色彩というよりもむしろ「光」と呼ぶ方がふさわしいように感じられます。元旦の澄みわたる冷気の中、門松やしめ飾りに添えられた金色の和紙や飾り紐が陽光を浴びて煌めくさまは、新年への希望と高揚感を象徴しているようです。
金はその美しい光沢と希少性ゆえに、有史以前から世界各国で貴金属として扱われてきました。性質面においても、純金は非常に柔らかく、展性・延性ともに優れた金属です。たった1gの金から約3000mの金糸を作り出せることにくわえ、錆びにくく、加工しやすく扱いやすいといった特性から、専ら美術工芸品の素材として用いられてきました。美術史を紐解けば、金は王族や貴族の装飾品や道具にこぞって用いられ、富や力の代名詞となっています。
日本文化においても、金色が「ハレ」の日に登場するのは偶然ではありません。古代から金色は太陽の象徴であり、神聖なものとして日本人の精神性に深く関わってきました。現代でも和装の金糸刺繍や茶道具、重箱、宴遊盃(えんゆうはい)、屠蘇器(とそき)といったテーブルウェアの装飾に至るまで、絢爛さと風格をたたえる金の輝きは場を華やかに引き立てます。
陶芸の分野にも、金を用いた技法が数多くあります。色絵や釉薬の上に金泥(金箔を粉末にして溶剤で融いたもの)で模様を描き、窯で焼きつける
「金彩」、金箔を色絵や釉薬の表面に貼る
「金襴手(きんらんで)」、金箔を貼った上から低火度釉を施した(金箔が釉薬にサンドされている)
「釉裏金彩」技法など多様な技法で親しまれています。
▼作品紹介
「釉裏金彩」技法の施された取扱い作品をご紹介します。

◆陶芸◆釉裏金彩牡丹唐草瑞鳥文 飾皿
/ゆうりきんさいぼたんからくさずいちょうもん かざりざら
~吉田 美統先生からみなさまへ~
牡丹唐草文様は天平時代の頃から伝わる吉祥文様です。この牡丹唐草文様を縁に、中央に鳳凰の図柄を配しています。鳳凰は伝説の生き物ですが、これもまた吉祥文様として使われています。
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金彩・銀彩の施された作品はこちらです。

◆陶芸◆ 金銀彩鉢「游ぐ月」/きんぎんさいばち「およぐつき」
〜高橋 朋子先生からみなさまへ~
「游ぐ月」のタイトルの通り、水面に映る月の光のゆらめきと、月のうつろいなどを表現したいと思いました。観てくださる方それぞれの記憶の中にある月と重ねていただければうれしいです。
※「第2回日本工芸会会員賞 飛鳥クルーズ賞」受賞者による作品です。
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さて、慶事でしばしば目にする「黒漆に金」は、調和と対比の美しい日本独特の色彩感覚です。黒と金の組み合わせは奈良~平安時代にかけて発展し、特に蒔絵技法の確立とともにその魅力が一層際立ちました。
なお、漆芸は日本、中国、朝鮮半島、東南アジアで発展してきた東洋独特の工芸で各国それぞれに特色ある歴史をもちますが、特に日本の漆芸は技法も多種多様で高度な展開を示しています。英語で陶器を「china」、漆を「japan」と呼ぶことからも、当時の日本漆芸が与えたインパクトの大きさを垣間見ることができます。
漆芸の装飾技法は、中世以降においては武具、建造物や調度品など広い範囲にわたって用いられました。金を用いた漆器装飾技法には、漆が乾く上に金や銀の粉を蒔く
「蒔絵」、さらに漆の接着力を利用して金属版や貝を文様にあわせて貼る「
平文(ひょうもん)」「螺鈿」、塗り肌を彫って金箔を入れる
「沈金」などが挙げられます。
蒔絵のあしらわれた漆芸作品をご紹介します。

◆漆芸◆蒔絵棗「銀河」 /まきえなつめ「ぎんが」
~田口 義明先生からみなさまへ~
満天の星、宇宙を表現。アワビ貝の薄貝を赤と青に色分けて細かく切り分け、一つ一つ貝を貼り置き、その上に蒔絵で変化を加えました。
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◆漆芸◆ 酒器揃い(盆)
~増村 紀一郎先生からみなさまへ~
漆で立体作品を制作しています。日本には美しい四季があるように、衣食住の中に様々な工芸作品があります。それらを取り入れた豊かな生活時間を過ごしていただきたいです。
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金の魅力は、伝統と現代の間を軽やかに往来する点にもあります。自動車、スマホ、家電製品など現代の生活になくてはならない半導体の配線に使用されるボンディングワイヤは、線の直径が25ミクロン(1000分の25ミリ)といいます。
「截金(きりかね)」という技法は、平安朝以来の長い歴史を持つ超絶技巧です。こちらはなんと1ミクロン(1000分の1ミリ)以下の厚みに延ばした金銀箔を線や円、矩形等に切り、接着剤で貼り付けて模様をあらわします。呼吸が乱れただけで箔が飛び散ってしまうため非常に緻密な技法といえるでしょう。
截金の超絶技巧をご紹介します。
◆諸工芸◆ 截金絲綢額装 游華 壱/きりかねしちゅうがくそう ゆうか いち
「截金絲綢」とはシルクに截金を施した技法です。こちらの作品は、立涌文様という伝統的な有職文様を基本としています。立涌は水蒸気が立ち上る様子とも雲が立ち昇る様子ともいわれますが、いずれも縁起の良い吉祥文様です。
~江里 朋子先生からみなさまへ~
格調高い有職文様の中に花文をあしらい、伝統的でありながら「いま」の時代も感じられるような華やかさを表現しました。絹の生地の裏表両面に彩色、截金を施しています。
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「
金工(きんこう)」は金の重厚感と美しさを最も堪能できる技法です。日本では古来より「五金」と呼ばれる金、銀、銅、錫、鉄が工芸品の素材として用いられてきました。弥生時代の銅剣、鎌倉時代の甲冑、室町時代の「茶の湯釜」、江戸時代では灯籠から生活用具まで多岐多様な展開をみせ、金工技法は継承されつつもそれぞれの時代に沿った進化を遂げています。
主要技法は、金属を加熱融解させ鋳型に流し込み成形する
「鋳金」、金属塑性を利用して打ち延ばしたり折り曲げたりする
「鍛金」、金属表面に鏨を用いて彫刻や文様を造形する
「彫金」などです。
高貴で重厚感あふれる金工の取扱い作品をご紹介します。
◆金工◆南鐐花瓶「春暁」 /なんりょうかびん「しゅんぎょう」
鍛造品は器の肉厚の薄さが特徴です。軽量かつ丈夫、シャープなシルエットを造形できます。表面の槌目の味わいも魅力です。加えてこちらの作品には象嵌技法も凝らされています。
~大角 幸枝先生からみなさまへ~
鍛金と布目象嵌の技法を用いた自己の作風を一番よく表現できた作品です。朝ぼらけの山河を表現しています。陽光を金箔の象嵌で表しましたが、広いカーブのある面を厚い金箔で覆う作業はなかなか難しく苦心しました。
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◆金工◆矧合花器/はぎあわせかき
矧合(接合せ)とは、種類の異なる金属を蝋付して素地とし、器などを制作する技法です。確かな腕前のおだやかな槌目がみどころです。
~萩野 紀子先生からみなさまへ~
色のリズム、バランスを考え線をテーマに制作しました。金属ですが槌目を入れることで優しく、柔らかく感じていただける作品になったと思います。
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金色はいつの時代にも、とっておきを演出するアイテムとして独自の存在感を放っています。