井上萬二先生からのメッセージ
元来有田の磁器は、染付・赤絵による加飾が伝統として今日まで産業美術品としてきました。しかし私は、あえて加飾を行わず(最小限にとどめる)白磁の凛とした形・技・感覚と心で作品を生み出しています。古来日本には、幾多の工芸があります。その尊い伝統技術を受継ぎ、また自身の感覚で生み出した現代の作家の想いを作品を通じて感じて頂ければ幸いです。
有田・白磁作家 井上萬二(いのうえ・まんじ)先生について (重要無形文化財「白磁」保持者)
出典:「世界に誇る物語ちゃんねる」公式YouTube/「人間国宝(白磁)井上萬二先生」編
故・井上萬二先生は、佐賀県有田町を拠点とする陶芸作家です。約400年の歴史を持つ有田焼の中でも、釉薬や絵付けを施さない「白磁」の技術で人間国宝に認定されました。海外で教鞭をとっていたため、海外での知名度も高く、今もなお国内外から高い評価を受けています。
軍人の夢から陶芸の道へ
萬二先生は、代々続く何十人もの職人が働く色絵製陶所の家系に生まれましたが、戦時中ということもあり、軍人としてパイロットになる夢を抱いていました。15歳で海軍飛行予科練習生に入隊し、終戦により帰郷。その後両親の勧めもあり、陶芸作家の道を選びました。まず、無給で陶芸の技術修練に励むこと7年間。「給料をもらえば企業のために働かなければならない。勉強なら給料をもらわずひたすらに励め」という教えのもと、技術の習得に専念したのです。
当時の社会環境は決して豊かではありませんでしたが、遊びの誘惑が少なかったことが修行には好都合でした。「映画館もない、自動車もめったに乗れない。完全な自転車があれば今で言うベンツぐらいの価値があった」と先生は当時を振り返ります。しかし、5~6年も無給で働き続けると、いつまで修行すればよいのか、給料はいつもらえるのかという壁にぶつかり、モチベーションを削がれていました。 そんなある日、運命的な出会いに恵まれます。有田でも神技と称される轆轤の名工との出会いです。圧倒的な技術力で他の職人の3倍を稼いでいたそう。「どうせなら、この人に近づきたい」と決意し、週末や夕方に時間を見つけて通い詰めては、技を学んでいきました。
白磁への挑戦
有田焼の原料である陶石には不純物が多く含まれています。そのため、伝統的には染付けや赤絵などの加飾を施して、不純物による斑点をカモフラージュしてきました。白磁一色では商品として成立しにくかったのです。しかし萬二先生はあえて最も難易度の高い白磁に挑戦しました。「美人は化粧しなくても美人。最高の美人を作るためには技術が必要なんです」と語ります。技術があっても創造するセンスがなければダメ、センスがあっても技術がなければダメ。技術と創造性、そして作家の心が相まって初めて作品が生まれると考えています。
伝統は常に「新しく」あるべき?!
「伝統は古い言葉だけど、常に新しくなければならない」―一見矛盾ともとらえられる言葉ですが、これが萬二先生の信念。先人たちが築き上げた技を正しく受け継ぎ、今の時代の感覚で作品を生み出すことが、令和の伝統を作ることだと考えています。「古い鍋島を復元した、柿右衛門様式を復元したという工房は多いけれど、私は常に新しいものを生み出す。人様の模倣をしたことも、古いものを模倣したこともない」と語ります。旅先で見た鳴門の渦潮、護国神社で読んだ碑文、美術館で見た作品―すべてが創作のヒントとなり、自分なりの形として昇華されていきます。
世界を視野に入れた活動
井上先生は54年前、ペンシルベニア大学から招聘を受け、単身アメリカへ渡りました。当時はまだ海外渡航が珍しい時代。添乗員もなく、英語も十分ではない中、出発前の3ヶ月間で毎日5個ずつ単語を覚え、450語を頭に入れて渡米しました。「どんな立場にいても努力すれば何でも開けてくる」という信念の表れです。90歳を超えてなお、ニューヨークでの個展を企画するなど、精力的に活動を続けていらっしゃいました。「年だからと言ったら、作品も枯れてくる。年は経ても心は少年の気持ちを持っている」と語る先生の姿勢は、多くの後進に希望を与えています。
愛がなければ何も始まらない
井上先生は「愛」という言葉を大切にしています。それは恋愛の愛だけでなく、国を愛する心、郷土を愛する心、家庭を愛する心、そして自分の仕事を愛する心です。 「仕事に愛がないと楽しみもない。仕事をすればするほどいくらでも発想が生まれてくる。一つやったら三つ、四つのアイデアが生まれ、それをやったらまた二つ、三つのアイデアが生まれる。きりがないくらいのアイデアが生まれるんです」
次世代への想い
後継者育成については、現代の社会制度との兼ね合いで苦悩も抱えています。「伝統工芸をする人は時間を捨てて修行しないとダメ。でも働き方改革で残業もできない」という現実に直面しています。一方で、「有田には伝統的な手仕事の感覚を持った人材が必要。後継者が焼物に入って、この道で十分飯が食えるという明かりがあれば、いいものができてくる」と、伝統を絶やさないための環境整備の重要性を訴えています。
井上萬二先生の作品は、70年以上にわたる修練の結晶です。白磁の清廉な美しさの中に、先生の強い意志と、時代を超えて受け継がれる技術の粋を感じ取っていただければ幸いです。












