三代にわたり、日本の染色技術「江戸小紋」を継承・発展させてきた、葛飾区・西新小岩の「小宮家」。初代康助氏の技術は川端康成の小説『古都』にも言及されています。三代目・小宮康正先生は、「伝統は時代に合わせ変化していく」という信念のもと、現代の暮らしに生きる染めの美を追求しています。
小宮康正先生の作品の特徴
初代・康助氏、二代・康孝氏に続く三代連続の「人間国宝」認定は、まるで一人の人間が生き続けているかのように、伝統技術が改良と進化を加えられながら現在へ受け継がれていることを物語っています。小宮家の作品は、端正な文様と澄んだ色調が織りなす穏やかな風合いで、人々の心を惹きつけてやみません。
➤現在開催中の第72回日本伝統工芸展では、「両面染めの絽の小紋」が出品されています。 夏物の生地「絽」は通気性を確保するために隙間があり、そこに染めを均一に入れるにはきわめて高度な技術が必要です。透け感のある布地に浮かぶ緻密な文様に目を奪われます。
小宮 康正先生からメッセージ
江戸小紋は江戸時代に武家の式服、裃などに用いられた、一枚板に貼られた絹の白生地を型紙で染める技法です。私、康正は康助【こうすけ】、康孝【やすたか】と3代にわたり江戸小紋の保持者に認定されました。精緻な単位模様を一色で染め出した菊格子、雨間、筋三筋は一見すると無地に見えますが、近づくとその美麗さに気づいていただけると思います。長年の経験と技で始めて完成する仕事です。
江戸小紋とは
文様を一方向に繰り返し型染めした染物が、一般に「小紋」染めと呼ばれます。
なかでも「江戸小紋」は、遠目からは無地に見えるほど極めて微細な文様を、型紙を使って生地一面に単色で染めたものです。「“江戸”小紋」という呼称は比較的最近生まれたもので、小宮染色工場の初代・小宮康助氏が重要無形文化財(人間国宝)に指定された際、京小紋や型友禅小紋などと他の小紋と区別するために命名されました。型紙には、伊勢で生産される「伊勢型紙」が用いられており、江戸小紋とともに伊勢型紙も発展をとげてきた歴史を持ちます。
江戸小紋は、日常のカジュアルな装いから準礼装まで幅広く活躍する染め物です。控え目で上品、それでいて「柄」で個性を表現できる楽しさが魅力です。
江戸小紋の鑑賞ポイント
一、染め・型紙の精度
一反(約13m)を型染めするためには、生地に、版画を摺るように型紙を繰り返しあてていき、防染糊を均等に塗布する「型付け」という工程があります。模様を美しく染め上げるためには、型紙を模様の切れ目にぴったりと合うよう当て続ける必要があります。精度の高い作品は、目を凝らしてもどこが型紙の端かわからないほど。また、文様の、エッジの立った輪郭や絵際のシャープさやにじみのなさからは、糊付け技術の精度の高さが、籠目文様などの線の味からは、型紙彫刻(型彫り)の技術の高さが味わえます。
二、文様(モチーフ)のおもしろさ
室町時代にルーツを持ち武士の裃に使われていた小紋染めの意匠は、江戸時代中期以降、「控えめながら粋を感じさせる」として男女ともに広く着られるようになりました。武家の正装に由来する代表的な文様に「江戸小紋三役」と呼ばれる「鮫」「(角)通し」「行儀」があげられます。「鮫」とは、その名の通りサメ肌の模様を表現しており、硬いサメ肌が鎧にたとえられ、厄除けの願いが込められています。「通し」は点がまっすぐ並んだ文様で、筋を通す武士道精神を表現。「行儀」は丁寧なお辞儀の角度である斜め45度に点が並んだ文様で、礼を尽くすという意味を持ちます。そのほか、町人たちは吉祥文様や動物モチーフなどの多彩な図案を生み出しました。