佐渡島は、約300万年前の火山活動によって形成された険しい岩肌と豊かな鉱脈を抱く自然豊かな島です。なかでも佐渡市相川(あいかわ)地域は、かつて佐渡金銀山の繁栄に彩られ、現在は観光地として独自の文化を育んでいます。
「無名異土(むみょういど)」を原料とする代表的なやきもの「無名異焼」は、そんな佐渡の歴史にゆるぎなくその名を刻んでいます。無名異焼の特徴は、高い収縮率と硬い焼き締まり、そして叩くと響く澄んだ金属音にあります。原料となる「無名異」は、金銀山の鉱脈から採れる酸化鉄を多く含む赤粘土で、かつて漢方医学では止血や中風に効くとされ、薬用として珍重されてきました。
江戸時代、佐渡は金の採掘で栄え金山奉行が置かれていました。役人たちがもたらした茶道や華道の文化を背景に、1819年、幕府への茶道具献上のため伊藤家7代・甚兵衛がこの無名異土を用い、楽焼茶盌を作ったのが無名異焼の始まりと伝えられています。 1873年には9代富太郎(初代伊藤赤水)が高温焼成に成功し、鮮やかな赤を湛えた無名異焼を確立しました。当時、茶器の最高級品とされていた中国・宜興産の紫砂壺に似た発色も、無名異焼人気の一因だったのかもしれません。同時期に無名異焼の焼成に成功した著名人には、三浦常山があげられます。
五代伊藤赤水(現・赤儘)先生は大学卒業後すぐに故郷に戻り、家業を継承します。当時の無名異焼は観光土産として人気を博していました。赤儘先生は工房経営者の道と工芸作家の道で迷い、作家になることを決意。1966年から本格的な作陶に打ち込むこととなります。
「伝統はただ守るのではなく、社会の変化に合わせ進化させるもの」。その信念のもと、赤儘先生は現代感覚を取り入れた三つの代表シリーズを生み出しました。
赤儘先生の作品は、メトロポリタン美術館、スミソニアン美術館、ビクトリア&アルバート美術館といった世界的に著名な美術館に収蔵され、国内外から高い評価を受けています。 無名異焼は佐渡の記憶を映し出しながら、現在も進化を続けています。
伊藤 赤儘 先生からみなさまへ…
▼ 練上シリーズ
伊藤 赤儘
伊藤 赤儘
伊藤 赤儘
伊藤 赤儘(五代 伊藤 赤水)
▼ 窯変シリーズ
伊藤 赤儘
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伊藤 赤儘
伊藤 赤儘(五代 伊藤 赤水)
▼ 佐渡ヶ島シリーズ
伊藤 赤儘
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伊藤 赤儘(五代 伊藤 赤水)
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