
「島全体が、私にとっては遊園地みたいなものなんです。」そう朗らかに語るのは、島根県・隠岐の島で地域医療に従事する松下医師。50歳という節目で、住み慣れた都市部を離れ離島の僻地医療へと飛び込んだ大きな決断の裏には、ある一通の手紙と、島民との温かな交流がありました。
取材・文:藤田 綾佳(ARTerrace)
写真提供:松下 耕太郎
PROFILE
松下 耕太郎 さん
医師/香川県出身。香川、高知、広島県で臨床医として勤務ののち、50歳で島根県・隠岐の島へ赴任。以来10年以上、島民の健康を守る僻地医療に従事。趣味はマラソンで、フルマラソンはもちろんウルトラマラソンや海外レースにも出場する健脚の持ち主。
ゼッケン番号が繋いだ、離島への片道切符
―松下さんは「走る離島医師」というユニークなアカウント名をお持ちですが、その名の通り、マラソンがライフワークと伺いました。
松下医師
はい。もともとは社会人になってからの健康維持が目的でした。最初は軽いジョギング程度だったのですが、友人に誘われて大会に参加するうちに、練習の成果がタイムという結果に直結する面白さにハマりました。気づけばフルマラソンを超えて、山岳マラソンや100km以上のウルトラマラソン、果てはギリシャのレースまで走るようになっていました(笑)。
驚きです。現在お住まいの隠岐の島とのご縁も、やはりマラソンがきっかけだったのでしょうか?
松下医師
まさにそうなんです。隠岐の島では「隠岐の島ウルトラマラソン」という、島を挙げての一大イベントがありまして。これに参加した際、島民総出でランナーを応援してくれる温かさに感動し、翌年もその翌年も連続で出場していました。
するとある日、見知らぬ方から封筒が届きましてね。中には私が走っているスナップ写真が入っていました。当時はまだおおらかな時代でしたから、ゼッケン番号から私の住所や名前を調べて送ってくださったんです。
写真と共に、こんなメッセージが添えられていました。「隠岐の島では、医師不足が課題となっている。もしお知り合いに医療従事者がいたら紹介してほしい」。
当時、私は広島で勤務医をしていましたが、僻地医療には以前から関心がありました。「すぐには行けないけれど、タイミングが合えば手伝いたい」と返事をし、それから数年後に子供たちが手を離れた50歳のタイミングで、「いよいよ来てくれませんか」と再度連絡をいただきまして。
「じゃあ、ちょっと手伝いに行こうかな」と赴任して、気づけばもう15年。マラソンが繋いでくれた不思議な縁ですね。
まさに、導かれるような移住だったのですね。
松下医師
今でも島中を走り回っていますよ。私にとってこの島は、自然豊かな巨大な遊園地のようなものですから。
銀座のショーケースから、日本の手仕事へ
―現在では工芸品を日常的に楽しまれているそうですが、工芸の世界に興味を持たれたきっかけは何だったのでしょうか。
松下医師
以前は仕事の勉強と走ることに重きを置いていたので、工芸については全くの無知でした。転機は7〜8年前、研修で東京へ行った際にふらりと立ち寄ったGINZA SIXでの出来事です。 そこで新潟県燕市の「玉川堂」という銅器の老舗に目が留まりました。
なんとなく覗いただけですが、スタッフの方が語る伝統や技術の重みに引き込まれましてね。その場では購入しませんでしたが、翌年には酒器を購入し、その後、人間国宝・玉川宣夫先生の息子さんである玉川達士さんの花器に一目惚れして購入しました。
もう一つ、決定的な出来事がありました。隠岐の島に、東京から戻ってきた少しハイカラな友人がいまして。彼と酒を飲んだ時に「これ、柿右衛門(かきえもん)なんだよ」と酒器を出してくれたんです。
「名前は聞いたことがあるな」程度の認識でしたが、実物を見てハッとしました。とにかく綺麗だった。歴史を背負ったものの凄みというか。「ああ、やっぱり違うな」と。
玉川堂での出会い、そして友人の柿右衛門。それらの点が線となって、今回の今泉今右衛門先生の『宙襲(ときがさね)』へと導かれたように感じています。
そうした経緯を経てお迎えいただいた十四代今泉今右衛門『宙襲』。実際にお使いになられて、いかがですか?
松下医師
実は購入した当初は、詳しい解説をあまり読まずに、直感的に「いいな」と思って選んだんです。後から「旅持ち(携帯用)」のコンセプトや、特製の仕覆(しふく)が付いていることを知って納得しました。
何より素晴らしいのは、使い心地です。平杯とぐい呑みの中間のような絶妙な形状で、口縁に指が触れないので所作も綺麗に見える。そして、角度を変えるたびに内側の絵柄がさまざまな表情を見せてくれます。
広島出身ということもあり、「賀茂鶴」や「宝剣」といった地元の純米酒をよく飲みますが、最近は毎日のようにこの杯を使っています。良い酒は冷やでも燗でも美味いですが、この器で飲むと、温度と共に香りが立ち上がってくるような気がして。また、隠岐の島の酒蔵、隠岐酒造が醸した「隠岐誉純米酒」も隠岐で獲れた魚介類との相性が素晴らしい日本酒で、「宙襲」と「隠岐誉」の出会いも縁だと感じてます。
実は、このインタビューの前日 十四代今泉今右衛門先生ご本人にお会いしたのですが、先生も全く同じように『宙襲』を鞄に入れて持ち歩いていらっしゃいました。
松下医師
嬉しいですね! 作り手と同じスタイルで楽しめているとは光栄です。
私は、工芸品は床の間に飾って崇めるものではなく、日常の中で使い込んでこそ意味があると思っています。何万円もするものであっても、毎日触れて、使うたびに心が豊かになるのであれば、決して高い買い物ではないのだと思います。
この杯が、日々の晩酌の時間を、特別な時間に変えてくれている実感があります。
日常に宿る美意識
―松下さんは、工芸品を「鑑賞用」としてではなく、あくまで「生活の道具」として捉えていらっしゃいますね。
松下医師
そうですね。もちろん、美術館のガラスケース越しに見る名品も素晴らしいですが、私は自分の手で触れ、生活の中で普通に使ってこそ、工芸品の真価が発揮されると思っています。 例えば、床の間に恭しく飾られた壺よりも、毎日触れるマウスパッドのような現代の道具こそ、伝統の技で作ってほしい。仕事中、ふとした瞬間に美しいものが視界に入り、指先でその質感を感じる。それだけでテンションが上がり、心が豊かになるじゃないですか。
確かに、日常の風景が変われば、心の持ちようも変わります。
松下医師
ギャラリーの方から聞いた話が心に残っています。素晴らしい技術で作られた工芸品が、海外からの旅行客、特に中国の方々に飛ぶように売れていると。もちろん、日本の文化が世界に認められるのは誇らしいことです。しかし、作り手としては「もっと日本人に愛され、日本人の生活の中で使ってほしい」という切実な願いもあるそうです。
それを聞いて、ハッとしました。私たち日本人が、自国の文化を「高価だから」「手入れが面倒だから」と敬遠し、安価な大量生産品ばかりに囲まれて暮らしていて良いのだろうかと。
多少値段が張っても、毎日使うものに投資をする。それが結果として、日本の伝統を守り、自分自身のQOL(生活の質)を高めることに繋がる。そう考えてからは、意識的に「使える工芸」を探すようになりました。
そうした中で、オンラインでの高額作品の購入に不安はありませんでしたか?
松下医師
正直に言えば、最初は不安でしたよ(笑)。十数万円するものを、実物を見ずにクレジットカードで決済するわけですから。「騙されたらどうしよう」という気持ちが全くなかったわけではありません。
ですが、ARTerraceのサイトを読み込んでみると、単に物を売るだけでなく、作家の背景や伝統工芸の現状を伝えようとする「教育」的な熱量を感じました。私も医師として学び続ける身ですから、そうした姿勢に共感し、信頼できると思いました。
僻地医療の「コンビニ化」への警鐘
―ご本業である「医療」のお話と絡めて伺いたいと思います。現在、僻地医療の現場ではどのような変化が起きていると感じていらっしゃいますか。
松下医師
なかなか答えづらい質問ですね(笑)。一言で言えば「均質化」です。
国の方針として、僻地であっても都市部と同じ水準の医療を提供しようという動きがあります。これはインフラとして見れば正しい。どこへ行っても、同じガイドラインに沿った治療が受けられ、同じ薬が処方される。いわば「医療のコンビニ化」です。
コンビニエンスストアは素晴らしいシステムです。いつ、どこの店舗に行っても、同じ品質のおにぎりが買える。確かに、僻地の患者さんにとって、最低限の医療が保証されることは安心に繋がります。
しかし現場にいる人間として「それだけでいいのか?」という思いがあります。システムとして完成されればされるほど、そこから「個性」が削ぎ落とされていくような感覚があるのです。
「個性」が削ぎ落とされる、ですか。
松下医師
ええ。例えば、私の診療所には「松下先生だから診てほしい」と言って来てくださる患者さんがいます。「あの先生は腰の痛みをよく分かってくれる」「あそこに行けばきちんと話を聞いてくれる」。そういった、医師個人のキャラクターや得意分野に対する信頼関係です。
しかし、医療が完全にマニュアル化され、コンビニ化してしまえば、極端な話、医師は誰でも良くなってしまう。「Aという症状にはBという薬を出す」という作業なら、AIでも代替可能です。
私は、それではあまりに「面白くない」と思うのです。不謹慎に聞こえるかもしれませんが、仕事には「面白さ」、つまり「やりがい」や「個の表現」が必要です。
「あの先生はちょっと酒好きだけど、腕は確かだよね」とか、そういう人間臭さも含めて記憶に残る医師でありたい。患者さんの記憶に残る医療、それが私の目指す僻地医療のあり方なんです。
「違い」にこそ、心が震える
「個性の重要性」は、まさに工芸の世界と重なりますね。
松下医師
全く同じことが言えると思います。
工場で大量生産された器は、品質が均一で、安くて、割れてもすぐに買い替えられる。それはそれで便利です。でも「心」は動かされない。
私が工芸品に惹かれるのは、そこに圧倒的な「個」があるからです。 例えば、同じ有田焼であっても、柿右衛門には柿右衛門の、今右衛門には今右衛門の、一目でそれと分かる強烈な個性があります。それぞれの歴史と、作家の魂が込められているからこそ、私たちは「これがいい」と選ぶことができる。
もし工芸の世界も「コンビニ化」してしまい、誰が作ったか分からないけれど綺麗で安いものばかりになったら、日本の文化は痩せ細ってしまうでしょう。
医療も工芸も、均質化された安心だけでは足りない。「この人でなければ」「この作品でなければ」という唯一無二の「個」があってこそ、人の心は救われ、豊かになるのだと思います。
明日を紡ぐための癒しとして
松下さんにとって、工芸品はどのような存在ですか。
松下医師
「明日への活力をくれる装置」です。
僻地医療の現場では、ときに厳しい現実に直面することもあります。 そんな一日の終わりに、今右衛門先生の『宙襲』でお気に入りの日本酒を飲む。器の肌触りを感じ、美しい絵柄を眺めていると、不思議と心が凪いでいくのを感じます。
「また明日も頑張ろう」そう思わせてくれるのは、この小さな杯に込められた作家のエネルギー、すなわち「個性のちから」が、私の中に流れ込んでくるからかもしれません。
均質化していく世界の中で、私も医師として、一人の人間として、誰かの記憶に残る仕事をしていきたい。杯を傾けながら、そんなことを考えています。
インタビューに登場した作品