――制作過程でこだわった点や苦労された点はありますか?
島田先生:
最もこだわったのが作品のクオリティを保つことです。木を切り抜いて嵌め込む作業の繰り返しのなかで、各パーツに隙間ができないよう糸鋸ではなくデザインカッターを用いて丁寧に製作しています。また、表裏上下左右で変化する木目や色の組み合わせに細心の注意を払いました。
さらに、「木材そのものを魅せる」ために木材の向きや光の当たり方を意識してデザインしています。例えば、花びらを見ていただくとわかりやすいですが、同じ木材でも角度によって光の反射の仕方が変わりますから、見え方が変化するのです。その現象を利用して、作品に輝きや立体感を感じさせるよう、光によって表情の変わる材料を選ぶところからこだわっています。
「技術」で目を引く工夫をし、「木を楽しみ、木に親しんでいただきたい」という意識で制作しました。
木象嵌について
―― 「木象嵌」の魅力、他の工芸技法との違いはどこにありますか?
島田先生:
「箱根の寄木細工と何が違うのか」とよく尋ねられます。発祥はほぼ同一であるものの、求められる技法が異なります。
「象嵌」は地木を模様の形にくり抜き、そこに異なる木をぴったりと嵌めていく手法です。「寄木」は文字通り、三角形や四角形などの形の木片を集めて模様の基本単位を作ります。カンナで薄くスライスすると、金太郎飴のように同じ模様ができあがります。
寄木細工はサイズが小さく机の上で作業が完結しますが、象嵌は切り抜いたところにパズルのように「嵌」め込む作業が必要になります。したがって、木を一度持ち上げるという作業が発生し、模様の面積も大きいことから、作業面で別の難しさが出てくるかと思います。

木象嵌制作工程(公式ホームページ動画より)
―― 象嵌の方が、「失敗すると戻れない」という緊張は大きいですよね。
島田先生:
失敗の許されないプレッシャーは大きいですね(笑)。気軽に違う材料に入れ替えることができないので、それぞれのパーツの木目を揃えるなど一つ一つの過程に神経を使っています。最終的に基盤となる板にプレスで圧着しますが、そこで失敗するともう取り返しがつきませんから、最後の塗装が終わって額にはめり込む(註:原文ママ)まで気が抜けません。
お客様のところにお送りしたのちも、喜んでいただけているかどうか緊張が残ります。
―― 根気と技術を惜しみなくつぎ込んだ繊細な作品ということが伝わってきます。
――先生としては木象嵌の魅力をどこに感じていますか?
島田先生:
木の最も魅力的な部分を見出し、その魅力を最大に宿した美しいシルエットや面積の作品を自由に生み出せるところです。
私はもともと家具職人なので、家具との比較でいえば、家具は製作時の制約が多く基本的に平面と直線をベースに作られます。曲面をもつ家具であっても、最初に直方体を組み合わせた後に削り出して曲線を作る方法をとるのが一般的で、継ぎ目ができます。一方、象嵌はその木材が自然にもつ曲面を使うことができ、継ぎ目ができません。
また、家具では色味に統一感を出す必要がありますが、象嵌ではさまざまな色と質感の木材を組み合わせることができます。プレス機が許す限り大きな作品が作れますし、家具の表面に装飾として嵌め込むことでも優美な表現ができます。
振り返ってみると、そういった表現の自由度の高さから、象嵌の魅力にとりつかれたように思います。
作家活動について
―― どのような経緯で木象嵌をメインに制作なさるように?背景を教えてください
島田先生:
私はものを作るのが大好きで、小学校の授業中に何かを作っては先生に怒られるような子でした。初めて木象嵌に触れたのは高校生の時。「木象嵌」という言葉も知らず、「どのような技法で作られているのだろう」という驚きから入りました。
そのときから、木象嵌をあくまで趣味的に、売るでもなく発表するでもなく自己流で研究しながら、30年以上試行錯誤を続けていました。当時インターネットが普及していない上に師匠となる方も周りにおらず、完全に独学です。それがここ10年ほどで仕事として成り立ちはじめてきました。木象嵌の専門家がスウェーデンにいると知り、留学時、技法に関する質問を投げかけたところ、それまでの自分のやりかたが間違いではなかったことがわかりました。
―― スウェーデンに留学したきっかけも木象嵌ですか?
島田先生:
北欧家具がきっかけです。大学時代に木彫から家具を学ぶようになり、北欧家具に憧れの気持ちを抱きました。大学の恩師がスウェーデンへ行かれて、自分も実際にその空間に身を置いて学びたい、本や写真で見るだけでなく、直接触れて感じたいと強く思いました。
ただ、言葉の壁は大きかったです。英語が公用語ではあるのですが、指導教官の講義がスウェーデン語で、逐次、同級生に英訳してもらっていました。
―― スウェーデン語をゼロから覚えるとなるとなかなか大変ですよね。
島田先生:
悔しい!と思って本気で語学をはじめたのは、実は授業ではなくホームパーティーがきっかけです(笑)。スウェーデンは週末関係なくホームパーティーを行う習慣があって、とにかくパーティーが多いです。その「楽しいはずのホームパーティーの空間」が全く楽しくなかったんです、会話がわからなくて。
スウェーデンは移民の多い国ですから、移民を対象にした国営の語学学校があります。教科書から鉛筆の一本まで無料配布してくれる学校でした。同級生はドイツ、中国、ロシアなどさまざまなエリアから来ていました。午前中は語学、午後は家具、夜は語学学校の宿題…、と本当に目が回りましたが、最終的にはラジオのニュースもどんな話題か理解でき、日常生活や、電話での受け答えも困らないまでになりました。
―― 語学学習のヒントをありがとうございます。日本でスウェーデン語を使う機会がほとんどないのがもったいないですね。
――ちなみに北欧家具は日本の職人さんから見ても、憧れの存在ですか?
島田先生:
憧れを抱いていた職人は多かったです。卒業して10年ほど経って聞いた話では、ちょうど北欧ブームも重なり、憧れて留学している日本人が多かったそうです。学校中で日本語が飛び交って、「スウェーデン人が日本語を覚えたほうが早いんじゃないか」というジョークが出るほど、日本人の多い時期があったと聞きました。
―― 技術面において、スウェーデンの伝統的工芸品はいかがでしたか?
島田先生:
ひいき目ではなく、「日本の伝統工芸品の方がレベルが高い」と感じました。日用品としての家具に関しては、技術面で大きな差はないと思います。
ただ、日本とスウェーデンでは、ものを作る/使う上で考え方の違いが大きいという印象を受けました。
日本の場合、マーケティング戦略上でしょうが、どんどんデザインが変化しどんどん商品が入れ替わっていきます。スウェーデンの場合、むしろ北欧全体が「商品が変わらない」。デザインがずっと変わりません。例えば椅子なども百年以上前から同じ作り方で「一つ壊れたら一つ買い足せばいい」という状況が成り立っています。
島田先生が日々制作に使う道具
家具における北欧文化と日本文化――
「先祖代々大切に使ってきた家具を受け継ぐ」北欧
島田先生:
「ロッピス(Loppis)」という名前を、日本でも耳にするようになりました。スウェーデンにおけるロッピスは、「フリーマーケット」や「リサイクルショップ」のような意味合いです。
ロッピスに行けば簡単に100年前、200年前に作られた陶磁器や家具が手に入ります。客側も「祖母から受け継いだお皿が一枚割れたので、同じ年代のお皿を買いたい」という意識で買いに来ます。北欧では「ものを大切に使い続けて、後代に引き継ぐ」という文化があるんですよね。私自身、非常に勉強になりました。
「北欧家具」は日本国内でもひとつのブランドとしてポジションを確立していて、いわゆる「一番人気」として選択肢の中に入ってくると感じています。日本製の家具と一体どこが違うのか興味深く思っていましたが、そもそも北欧には「先祖代々の道具を受け継ぐ文化」が根付いており、日本とは文化が異なることを肌で感じました。特別なゲストのおもてなしに出された食器が「それは160年前のコペンハーゲンのお皿」と言われたら、カトラリーを使うときも「お皿を傷つけないように」という研ぎ澄まされた意識で料理をいただくことになります。
―― 「食器を受け継ぐ」という文化は、日本においては一般的とはいえないかもしれませんね。
工業製品が普及し、生活の在り方が目まぐるしく変わっていくなか、「ものを大切にする文化」が日本では少し忘れられているのではないかと感じました。
現代の日本では家族や親戚全員が一堂に会する機会自体少ないでしょうから、時代の流れでもあるでしょうが、「家族にとって大切なもの」「家宝」というところで、職人や作家先生方が一生懸命作られたものや、工業製品であったとしても大量生産が不可能なものを、これからも日本文化として根づかせていきたいという思いがあります。
解決策として、単純に西洋のアート文脈に乗せるだけが正解とは思わない一方で、マーケットとしてはアート界の一つの市場としてポジションを取っていく方法もあるでしょう。
一方で、工芸品が美術品と違うのは「用途がある」ところです。工芸品のアイデンティティとして「使われてこそ」工芸品と名乗るべきではないかと。先祖代々引き継いでいく家具や食器などの「用の美」について、より多くの方に知ってもらえると良いのですが。
作家活動のこれから
―― 先生は木象嵌のほかに、飾箱や家具も作品として手掛けられているそうですね。
島田先生:
木象嵌はここ十年くらいで特にご依頼が増えました。また、七年ほど前から茶道を習い始めたことがきっかけで、伝統工芸品の「飾箱(茶道具)」なども制作しています。
以前は建具や家具なども手掛けていましたが、現在は木象嵌と指物系の伝統工芸の仕事に絞っています。木工を始めたときは、お客様からのご依頼に「全部できます」と応える目的で、多種多様なジャンルに幅広く挑戦しておりました。そうした日々の制作活動のなかで「本当に自分のやりたいこと」に的を絞った結果、象嵌と伝統工芸の道に通じたように思います。
キャビネット
制作:島田晶夫
デザイン:カール・マルムステン(デザイナー、建築家 1888-1972)
――茶道をはじめたきっかけを教えてください。
島田先生:
形から入ったといいますか「道具が気になって茶道をはじめた」ところは否めません(笑)。
留学した時につくづく感じたのが、「自身が、いかに日本のことを何も知らないか」。日本に戻ってきてから、「灯台下暗しだった。もっと日本のことを勉強したい。華道や茶道に腰を据えて取り組みたい」という思いを抱え悶々と日々に追われていて、やっと7年ほど前から茶道のお稽古に通える余裕ができました。そこから、茶道具である「飾箱」という伝統工芸に挑戦するようになりました。
「なぜ今、伝統工芸を?」とよく尋ねられます。先の話はありましたが、「用の美」といえども、工芸とアートをはっきり線引きする必要はないと考えています。私の制作している木象嵌も、「工芸かアートか」と尋ねられると、曖昧で両義的なものに位置づけられると考えています。
せっかくなので最終的には、アートと伝統工芸を融合、昇華させるような私なりの答えを、皆さまに提示できたらという思いです。まだまだ答えは出ませんし、自分なりに問い続けながら、日々創作に取り組んでおります。
飾箱 日本伝統工芸展 第70回記念賞受賞作品
楡(にれ)木画飾箱
――この記事をお読みになった方が作品の購入を希望する場合、どのような形でコンタクトを取ればよいでしょうか?
島田先生: インターネット(ホームページ
https://d-s-shimada.com/)からのお問い合わせが、現状、販売経路として最も多いです。「当別町ふるさと納税・記念品」としても置かせていただいています。
個展は、札幌三越で定期的に開催しておりますので、そこで実物をご覧になってからご注文いただくこともできます。
Instagramからも先日初めてご注文いただきました。40代前半くらいの若い方で、以前直接お会いしたことがあって、その後SNSを使って探し出してくださったようです。
――ぜひARTerraceでも、先生の作品を取り扱わせていただきたく存じます。
――最後に、ARTerraceというプラットフォームに応援メッセージをお願いいたします。
島田先生:
われわれ作り手は、「作る」ことが専門で、「売り方」を知らない作家が大半だと思います。作ることばかり学んできて、気づけばどうやって売ればいいのかわからず、壁にぶつかります。私も、独立したての頃は「上代」「下代」という言葉も知らず笑われたくらい、商売に疎かったものです。「どのように販路を築いていくか」というのは職人の喫緊の課題でありながら、最も苦手な分野ではないでしょうか。
ARTerrace社さんも、実は広義での「ものづくり」をなさっていると捉えています。ホームページやSNSの画像やインタビュー記事はすべてクリエイティブなもので、完成度が高いうえに、すべて自社内で制作していると伺い驚いています。「素敵な作品ですね」とお褒めいただけること自体とても嬉しいですが、「ものづくり」に携わっている方に評価いただけると、よりいっそう心に響くものがあります。同時に、プラットフォームとしてSNSでの発信などマーケティングやセールス、つまり「商人」分野のサービスを実現しているのも、非常に頼もしい限りです。
ARTerrace社さんには今後も工芸のことを全く知らなかった人たちに、日本の工芸の魅力を、日本文化の魅力を伝えていっていただきたいです。木象嵌のことも、さらに多くの方に知ってもらえたら嬉しいです。
島田 晶夫先生 近影
島田 晶夫(Akio Shimada)先生 プロフィール
1971 年 北海道苫小牧市生まれ。
北海道おといねっぷ美術工芸高等学校、高岡短期大学(現富山大学)で木工を学び、富山、岐阜などで修業を積んだのち、スウェーデン交流センター木工房勤務を経て、単身でスウェーデンに渡る。
1997 年 カペラゴーデン手工芸学校で現地北欧の木工技術を学び、卒業後一年間スウェーデンの家具工房で勤務。
2001 年 帰国、北海道当別町に工房を構える。
2007 年 日本人初のスウェーデン家具マイスターの称号を得る。日本では数少ない木象嵌の製作を手掛け、個展・グループ展など国内外で多数出展中。
―受賞歴― (木象嵌)
2002年 第 5 回 北の生活産業デザインコンペティション 入選
2004年 第 4 回 暮らしの中の木の椅子展 入選
2015年 藝文京展 2015(京都) NHK京都支局長賞
2019年 第66回日本伝統工芸展 入選
―以後5年連続入選―
2020年 第60回東日本伝統工芸展 入選
―以後5回連続入選―
2020年 第67回 日本伝統工芸展 入選
2021年 第61回東日本伝統工芸展 朝日新聞社賞
2021年 伝統工芸木竹展 入選
2023年 第70回日本伝統工芸展 第70回記念賞
編集後記:
株式会社ARTerrace CEO/
藤野周作
多数の応募が寄せられたなかで、我々ARTerrace社としては「工芸の素晴らしさを世界に伝える」という自社テーマはあれど、受賞作品選定時は「工芸のみにジャンルを絞らない」という評価基準を定めておりました。
しかし実際に、現場で島田先生の作品を目の当たりにした瞬間、わたしたちはその魅力に心を奪われました。社内で慎重に何度も評議を重ねましたが、最終的には「島田先生の作品こそが最良である」という結論に至った次第です。
さて、いわゆる「伝統工芸品」と呼ばれるものも時代とともに進化を遂げています。職人の創意工夫でユニークで革新的な商品が次々に市場に登場しています。一方で、商人すなわち売り手側のチャレンジはどうでしょうか。まだまだ革新的な変化が必要だと感じています。我々ARTerraceは先端技術を活用しながら、こうした課題に対する解決策を模索し、日々努力を重ねております。
マーケティング部門 マネージャー/
藤田綾佳
「燕三条」を思い出しました。工芸に限らず道を極めようとする方は、できる限りその「極めたい物事」に情熱と時間を注いで技術を守り、受け継いでいただきたいです。
また、浮世絵の前例があるように、日本文化はある意味で海外に守られてきた歴史もあります。国内に限らず海外にも、もっと日本文化の良さを伝えたい、超絶技巧を伝えるには…。グローバルマーケティングの観点も取り入れ、国ごとにきめ細やかに発信・対応してまいります。
チーフ・デザイン・オフィサー/
小笠原玄
スウェーデン家具マイスター(スウェーデン国家資格)のお褒めにあずかり、ひとこと、心の底から嬉しい! 先生のお言葉を糧に、実際に手にとって見ることが出来ない方にも、作品の魅力が伝わるようにクリエイティブを続けてまいります。
読者の皆様には「作品そのもの」を深くご覧いただきたいと思っています。様々な表情を堪能したあとは、制作の工程や、受け継がれてきた技術にも思いを馳せることで、作品のさらなる奥行きと楽しみを感じられると思います。